平和な心(2)

         (前日の続き)  私は、祈りというのは、キリスト教などでは絶対者に 対する全託という風なことを申しますけれど、それは真実 ではありますけれども、この今生きてる人間が肉体人間の ままで、じゃあ天父のごとく完全になれといったって、 そんなに完全になれる訳はないのですから、この在りの まんまで、神様のみ心の中へ入れちゃう。任せてしまう。  弱いまんまでいいんですね。 …

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